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100万人を超える世界最大都市ローマ

広大なローマ帝国のすべての街道は首都ローマに通じ、テベレ川の河口のオスティアはローマの海の玄関口で地中海交易の中心地でした。
移民や商人、奴隷は流れ込み、穀物や金属、絹等の異国の贅沢品、属州からの税収といった、人・物・金がローマに集まっていたのです。

ローマ全体図

市内の上下水道、街路は整備され、娯楽のための劇場や闘技場がいくつも建設され、カエサルやポンペイウスといった古代の英雄が建てたフォロや神殿、皇帝達が建設した数千人も収容する巨大浴場など、豪華絢爛な町並みでした。

中心部

1.フォロ・ロマーノ 2.カピトリーノの丘 3.フォロ・インペリアーリ 4.パラティーノの丘(皇帝の宮殿) 5.コロッセウム 6.チルコ・マッシモ(大競技場) 

マルス広場

.皇帝廟 .日時計と平和の祭壇 .ドミティアヌス競技場 .ネロ浴場 .オデウム(音楽堂) .パンテオン .アグリッパ浴場 .アグリッパ人口湖 .サエプタ・ユリア .ポンペイウス劇場 .バルブス劇場 .フィリップス回廊 .オクタヴィア回廊 .マルケルス劇場

周辺

.ハドリアヌス廟 .カストラ・プレトリア(近衛軍団兵舎) .エミリウス船着場倉庫 ....

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夜明けとともに通りは多くの人々と荷馬車の騒音であふれ、広場の柱廊ではシンポジウムや学校、屋台等でにぎわいました。裕福な市民はヴィッラ(邸宅)で歓楽的な生活にふけり、せまい共同住宅や長屋に住む庶民も仕事を午後に切り上げ、毎日のように催される闘技場は劇場に足を運びました。
一方で、市内の人口は極度に密集し年中水不足や火事に悩まされていました。

腐敗した ローマの元老院はもとより、属州のすみずみまで金満政治が浸透していました。実際のところ金をばらまいてコンスルまで上り詰めた後は、属州総督となり税収の上前でひと財産を築くのが通常でした。
裕福な市民は中庭のあるヴィッラに住み、多くの奴隷を使い歓楽的な生活にふけり、 同性愛も日常的

政治と信仰の中心地

7つの丘に囲まれた小さい谷に建設された「フォロ・ロマーノ」。
元老院の議事堂(クーリエ)、コミティウムやバシリカ(会堂)といった公共施設が立ち並び、ローマ帝国の政治が行われていた場所です。
一方で、神殿や英雄達の記念柱、凱旋門も建てられ、信仰、文化の中心でもありました。

ローマ中心部

フォロ・ロマーノ

1.ヴェヌスとローマ神殿 2.マクセンティウスとコンスタンティヌス会堂 3.ロムルスの神殿 4.アントニウスとファウスティーナの神殿 5.カエサル神殿 6.エミリウス会堂 7.元老院(クーリエ) 8.巫女の家 9.ヴェスタの神殿 10.カストルとポルクスの神殿 11.バシリカ・ユリア 12.サトゥルヌス神殿 13.コンコルディア神殿 14.ヴェスパシアヌス神殿 15.タブラリウム(公文書館)

カピトリーノの丘

16.ユノー・モネタ神殿 17.ユピテル神殿

フォロ・インペリアーリ(皇帝達のフォロ)

21.平和のフォルム 22.ネルヴァのフォルム 23.カエサルのフォルム 24.アウグストゥスのフォルム 25.トライアヌスのフォルム 26.ウルビヌス会堂 27.トライアヌスの円柱と神殿 28.トライアヌスの市場

皇帝の宮殿(パラティーノの丘)

31.ティベリウス宮 32.リヴィアの家 33.アウグストゥスの家 34.アポロ神殿 35.ドミティアヌス宮 36.同スタディウム 37.セヴェルス宮.

「フォロ・ロマーノ」のつきあたり、神聖な「カピトリーノの丘」には、市民の守り神ユピテルの神殿、元老院の裏手は、カエサルが新しいフォルムを建てた後、皇帝たちにより次々と拡張された一大モニュメント、「フォロ・インペリアーリ」。
「パラティーノの丘」には、もともとアクティウムの海戦を記念したアポロ神殿がありましたが、後の皇帝たちにより自身が住まう巨大な宮殿が築かれました。宮殿内には水道橋がひかれ、大競技場の専用の観覧席に出ることができました。

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