ローマ帝国の領土 > イタリア本国 > ローマ市街 100万人を超える世界最大都市ローマ広大なローマ帝国のすべての街道は首都ローマに通じ、テベレ川の河口のオスティアはローマの海の玄関口で地中海交易の中心地でした。 ローマ全体図市内の上下水道、街路は整備され、娯楽のための劇場や闘技場がいくつも建設され、カエサルやポンペイウスといった古代の英雄が建てたフォロや神殿、皇帝達が建設した数千人も収容する巨大浴場など、豪華絢爛な町並みでした。
夜明けとともに通りは多くの人々と荷馬車の騒音であふれ、広場の柱廊ではシンポジウムや学校、屋台等でにぎわいました。裕福な市民はヴィッラ(邸宅)で歓楽的な生活にふけり、せまい共同住宅や長屋に住む庶民も仕事を午後に切り上げ、毎日のように催される闘技場は劇場に足を運びました。 腐敗した
ローマの元老院はもとより、属州のすみずみまで金満政治が浸透していました。実際のところ金をばらまいてコンスルまで上り詰めた後は、属州総督となり税収の上前でひと財産を築くのが通常でした。 |
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政治と信仰の中心地7つの丘に囲まれた小さい谷に建設された「フォロ・ロマーノ」。
「フォロ・ロマーノ」のつきあたり、神聖な「カピトリーノの丘」には、市民の守り神ユピテルの神殿、元老院の裏手は、カエサルが新しいフォルムを建てた後、皇帝たちにより次々と拡張された一大モニュメント、「フォロ・インペリアーリ」。 |
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